自分の中でまとまらない・・・→追記
七夕に、エクレスのソナタの1,2楽章を弾かせてもらいました。
講評でSさんから「おほめの言葉」を頂きました。
音楽を演奏する身にとって、これ以上はないのではないかというくらいの。
ありがたいことです。ちょっと、というか結構びっくりしました。いやよく考えれば、評価は「演奏」ではなく「楽曲に対する姿勢」に対してなのですが。それでも。
聞いて下さった方たちからもずいぶん暖かい拍手と有難い感想をいただいて、「それホントにアタシに対するものなのか?」ってくらい嬉しいことでした。
もちろん、参加の35名の中では一番経験も年数も技術もなにもかも、もっともレイトスターターの部類。レベルどころか次元の違う奏者の皆様すらたくさんいる場です。弾く前から、何を弾いても暖かく見守ってもらえることはわかっていたし、「思ったより(意外に)頑張ったね」という意味合いがなにより大きいとは思うけど、嬉しくて、1,2日は調子に乗って舞い上がりました。
でもですよ、ちょっとよくわからない。
かなり不本意な出来だったんです。だから自分の中で消化できない。
まず、
・家で練習していて10数回のうちたまたま良く弾けたくらい弾けたらな、というのはそもそも無理だからいいとして、
・ピアノ合わせは当日の2分数十秒、だけれどもピアニストさんがすごい人でなんの違和感もナシ、なので問題なし。
・ピアノ譜が思ったものと違った、のがわかったのが本番の演奏時。でも「これだと可愛い感じになるなあ」と楽しめたので、むしろプラスなのでそれもいいとして。
不本意なのは、
・その日一回も通してなくて、なんか音が汚い。なんか重さがきちんと乗ってないけど復帰できない。(それが実力よね)
・音程がヘン。しかもさぐってる。もっとパッシリ決まるときはきまるのに。(できないってのはそれが実力よね)
・fとpをはっきりつけるの忘れたまま通り過ぎたよ。しょうがないねアタマ真っ白だし。(それが実力よね)
・でも弓の量とか小節のアタマとか音符の長さとか緩むとことか、ここの音の変わり目きれいだと思ってる、など楽しめるところはアタマ真っ白なりに楽しんだかも。(それは良かったねえ。でも録画みたらできてないよ)
・いわゆる本番効果(ゾーンに入る?)みたいなのはなかったよ。(あると楽しいよね)
なので、「こんなものです~。がんばりましたあ」(アンサンブルに呼んでくれなくなると困るな)みたいな自己評価。
さて、翌日すぐにI石さんが録画を下さいました。
今までの人生、自分の弾いている姿を見たことがなかったのですが、「何か良かったのか???」と思ってみてみると
上記の自分の感想のままであり、常日頃先生が口を酸っぱくして仰るあんなこととかこんなことが、目の前にクリアに現れたのでした。
こんな風に自覚できるなんてほんとにありがたい。
問題点の指摘は頂けなかったので、技術的な面としてこれが大きな収穫に。(問題点を指摘してもらえるのは上級者)
反省会の席ではSさんからも、また追い打ちをかけてほめられてしまったので、もう何がなんだか。
と、まとまらない思いがまるでまとまらないうちにその後、他の本番が2つあったのでまとまらず。
昨日、飲み会終盤であまり覚えてないのだが、なんだか話題に出て、Iさんに半分叱られたような気がしないでもないので、いやそうじゃなくてこんな感じなんです(当日はありがとうございました)、と自分のためにまとめておく。というかやっぱりまとまらないけど。
1つ言えるのは、どんな出来になろうとも、人前で弾くというのはすごいことだと思った。
それまでの準備の苦しさ。ここまでかと思うその先への意思が持てること。
じたばたと探究せざるを得なくなること。
地元の発表会などは慣れてきたけれど、今回の35人のチェリストの前で弾く畏れ。逃げたい。逃げちゃだめだ。
(失うものはなにもない)
本番でのピアノとの、目の前の人たちとの、いろんなやりとり。集中できるかできないか。
終わった解放感。
録画での自分の情けなさ。そこからの気づき。
本当にありがたい経験をさせてもらいました。
こんな私に「そろそろソロ」と言って下さって尻込みするところを背中をぽん、と押してくださった
Hさん、ありがとうございます。
お世話下さった方、聞いて下さったかた、ほんとうに得難い経験をありがとうございました。
(追記)
文章に書くと考えがまとまるもので、考えてみればまとまっている。
項目の数個目にポジティブなものがあって、それが良かったのかも?実感は伴わないけど。
あと。録画は大きなモニターで見ないと悲惨な音が一層悲惨で泣きました。(*´Д`)
講評でSさんから「おほめの言葉」を頂きました。
音楽を演奏する身にとって、これ以上はないのではないかというくらいの。
ありがたいことです。ちょっと、というか結構びっくりしました。いやよく考えれば、評価は「演奏」ではなく「楽曲に対する姿勢」に対してなのですが。それでも。
聞いて下さった方たちからもずいぶん暖かい拍手と有難い感想をいただいて、「それホントにアタシに対するものなのか?」ってくらい嬉しいことでした。
もちろん、参加の35名の中では一番経験も年数も技術もなにもかも、もっともレイトスターターの部類。レベルどころか次元の違う奏者の皆様すらたくさんいる場です。弾く前から、何を弾いても暖かく見守ってもらえることはわかっていたし、「思ったより(意外に)頑張ったね」という意味合いがなにより大きいとは思うけど、嬉しくて、1,2日は調子に乗って舞い上がりました。
でもですよ、ちょっとよくわからない。
かなり不本意な出来だったんです。だから自分の中で消化できない。
まず、
・家で練習していて10数回のうちたまたま良く弾けたくらい弾けたらな、というのはそもそも無理だからいいとして、
・ピアノ合わせは当日の2分数十秒、だけれどもピアニストさんがすごい人でなんの違和感もナシ、なので問題なし。
・ピアノ譜が思ったものと違った、のがわかったのが本番の演奏時。でも「これだと可愛い感じになるなあ」と楽しめたので、むしろプラスなのでそれもいいとして。
不本意なのは、
・その日一回も通してなくて、なんか音が汚い。なんか重さがきちんと乗ってないけど復帰できない。(それが実力よね)
・音程がヘン。しかもさぐってる。もっとパッシリ決まるときはきまるのに。(できないってのはそれが実力よね)
・fとpをはっきりつけるの忘れたまま通り過ぎたよ。しょうがないねアタマ真っ白だし。(それが実力よね)
・でも弓の量とか小節のアタマとか音符の長さとか緩むとことか、ここの音の変わり目きれいだと思ってる、など楽しめるところはアタマ真っ白なりに楽しんだかも。(それは良かったねえ。でも録画みたらできてないよ)
・いわゆる本番効果(ゾーンに入る?)みたいなのはなかったよ。(あると楽しいよね)
なので、「こんなものです~。がんばりましたあ」(アンサンブルに呼んでくれなくなると困るな)みたいな自己評価。
さて、翌日すぐにI石さんが録画を下さいました。
今までの人生、自分の弾いている姿を見たことがなかったのですが、「何か良かったのか???」と思ってみてみると
上記の自分の感想のままであり、常日頃先生が口を酸っぱくして仰るあんなこととかこんなことが、目の前にクリアに現れたのでした。
こんな風に自覚できるなんてほんとにありがたい。
問題点の指摘は頂けなかったので、技術的な面としてこれが大きな収穫に。(問題点を指摘してもらえるのは上級者)
反省会の席ではSさんからも、また追い打ちをかけてほめられてしまったので、もう何がなんだか。
と、まとまらない思いがまるでまとまらないうちにその後、他の本番が2つあったのでまとまらず。
昨日、飲み会終盤であまり覚えてないのだが、なんだか話題に出て、Iさんに半分叱られたような気がしないでもないので、いやそうじゃなくてこんな感じなんです(当日はありがとうございました)、と自分のためにまとめておく。というかやっぱりまとまらないけど。
1つ言えるのは、どんな出来になろうとも、人前で弾くというのはすごいことだと思った。
それまでの準備の苦しさ。ここまでかと思うその先への意思が持てること。
じたばたと探究せざるを得なくなること。
地元の発表会などは慣れてきたけれど、今回の35人のチェリストの前で弾く畏れ。逃げたい。逃げちゃだめだ。
(失うものはなにもない)
本番でのピアノとの、目の前の人たちとの、いろんなやりとり。集中できるかできないか。
終わった解放感。
録画での自分の情けなさ。そこからの気づき。
本当にありがたい経験をさせてもらいました。
こんな私に「そろそろソロ」と言って下さって尻込みするところを背中をぽん、と押してくださった
Hさん、ありがとうございます。
お世話下さった方、聞いて下さったかた、ほんとうに得難い経験をありがとうございました。
(追記)
文章に書くと考えがまとまるもので、考えてみればまとまっている。
項目の数個目にポジティブなものがあって、それが良かったのかも?実感は伴わないけど。
あと。録画は大きなモニターで見ないと悲惨な音が一層悲惨で泣きました。(*´Д`)
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